わが家には、虫が大好きな小学生の子どもがいます。
息子と一緒に虫取りをしている友達を見ていると、
- とにかく虫取りが好きな子
- 博物館や図鑑で知識を集めるのが好きな子
- 虫を飼育することに夢中な子
- 虫交換を楽しむ子
など、同じ「虫好き」でも本当にさまざまなタイプがいるなぁと感じます。
そんな中で、ときどき気になることがあります。
それは、虫が“命”ではなく、“モノ”のように扱われてしまう場面があることです。
もちろん、子どもに悪気があるわけではありません。
虫が好きだからこそ、「欲しい」「捕まえたい」という気持ちが強くなるのは、とても自然なことだと思います。実際、好きなのに「欲しくない」「捕まえたくない」という子は、ほとんど見たことがありません。
多くの子は、「命のある生き物」だと理解した上で、虫取りを楽しんでいます。
では、“命”として向き合うことと、“モノ”のように扱ってしまうことの違いは、どこにあるのでしょうか。
私自身、この記事を書きながら、その違いについて改めて考えていました。
はっきりした線引きがあるわけではありません。
でも、虫を捕まえて、観察して、世話をして、ときには失敗も経験する。
そうした積み重ねの中で、子どもは少しずつ「命ある存在」として虫を見るようになっていくのかもしれません。
今回は、虫が好きな子どもたちが、虫取りを通して「命との向き合い方」を少しずつ学んでいく中で、親としてどんな関わり方ができるのかを考えてみたいと思います。
虫が“モノ”のように扱われることがある
虫好きの子どもたちの間では、互いに採集した虫を交換して楽しんでいることがあります。
虫交換についてはこちらの記事でくわしく書いています

虫交換を見ていると、
「レアだから欲しい」
「ずっと捕まえられなかった虫を相手が持っていてうらやましい」
「たくさん持っていてすごいな」
そんな気持ちが、子どもたちの間にあるように感じます。
それ自体は、子どもの世界ではごく自然なことです。
カードゲームでも、シールでも、どんぐりでも、子どもたちは昔から“価値”を見つけて交換する遊びをしてきました。
虫交換も、「好き」を共有する遊びのひとつなのだと思います。
しかし、相手が生き物である以上、「モノ」と同じ感覚だけで扱ってしまうと、乱暴な飼育や無理な採集につながってしまうこともあります。
虫好きな子だからといって、自然に倫理観が育つわけではない。
そしてそれは、虫が大好きな子どもを育てている私自身、日々感じていることでもあります。
「好き」という気持ちと、「命として大切にすること」。
その両方をどう育てていくかは、とても難しく、だからこそ大切なことなのかもしれません。
生き物との向き合い方の伝え方
子どもに生き物との向き合い方を伝えるのは、実際に子育てをしてみると、とても難しいことだと感じています。
命の大切さは、子どもには言葉だけではなかなか伝わりません。
命の大切さについて繰り返し話すことで、「命を粗末にしてはいけない」という“正しい答え”としては子どもに伝わっていくと思います。
しかしそれが、本当に子ども自身の中で実感として理解されているのか、それとも大人に「命とは」と問われたときに「大切にしなければいけない」と答えることが正解だと知っているだけなのかは、まったく別のことだと考えています。
わが家でも、虫の飼育や虫取りを通して、少しずつその違いに向き合ってきました。
振り返ってみると、
「最後までお世話しなさい」
「飼えないなら連れて帰らない」
「命なんだから大切にしなさい」
息子に対して、そんな言葉を何度繰り返してきたかわかりません。
それでも、虫の飼育や虫取りを通して、「生き物への向き合い方」や「命の大切さ」を少しずつ実感として受けとりながら、成長していっているように感じます。
責任を持って世話ができるようになるまで
低学年の息子や、まわりの虫好きの子どもたちを見ていると、お世話があまり得意ではない子は少なくないように感じます。
捕まえてきたものの、そのまま放置してしまうという話も耳にします。
もちろん、わざと放置しているわけではなく、悪気なく忘れてしまっているケースがほとんどです。
だからといって、「子どもだから仕方ない」と、親が何も伝えないのも違うと思っています。
まだ子ども1人では世話を任せきれない時期には、命の大切さや、お世話を続ける必要性を繰り返し伝えていくことも大切なのかもしれません。
また、時には親が一緒に世話をしたり、生き物を大切に飼育する姿を見せることにも意味があるように感じます。
実際、まわりには、子ども以上にお母さんの方が丁寧にカブトムシを育てているご家庭もあります。
子ども自身は少し興味が薄れていても、「元気に育っているね」と一緒に見守っている姿を見ると、生き物を大切に扱う感覚は、そうした日常の積み重ねの中からも伝わっていくのかなと思います。
ただ最終的には、「連れて帰った命に責任を持つ」という感覚を、少しずつでも子ども自身が学んでいけたらいいなと思いながら、わが家でも試行錯誤しているところです。
命の大切さは、体験の中で育っていく
ある時、息子が捕まえて大切に育てようとしていた虫を、同級生が息子の手から奪い取って踏んでしまった出来事がありました。
息子は、「わざと殺すなんて許さない」と激怒していました。
その怒りは、命を粗末にした相手への憤りと同時に、自分の大切な存在を傷つけられた悲しみも混ざっていたように見えました。
前の章で、「虫がモノのように扱われることがある」という話を書きました。
でも子どもは、「命だから大切」と最初から理解しているというより、「自分にとって大切な存在だから大切」という感覚から始まることも多いのではないかと思います。
子どもは、最初から抽象的に「命は大切に」と理解しているわけではありません。
- 自分が世話した
- 観察した
- 苦労して捕まえた
- 愛着がある
そうした“自分との関係性”を通して、命を大切にする感覚が育っていくのだと思います。
「所有している」という感覚と、「大切に思う」という感覚は、実ははっきり分かれているものではなく、行き来するものなのかもしれません。
もしかすると、「欲しい」「レアだから」「たくさん集めたい」という気持ちから始まって、「この子を死なせたくない」「傷つけられて悲しい」という感覚へ変わっていくところに、倫理観の成長があるのかもしれません。
息子自身も、虫を飼育する中で、「命は尊い」「自然は思い通りにならない」ということを何度も経験しています。
卵から生まれても、すべてが無事に育つわけではないこと。
幼虫が成虫になれるのは、ほんの一部であること。
そもそも、卵のすべてがかえるわけでもないこと。
そうした現実を、虫を通して少しずつ学んでいます。
捕まえて、観察して、世話をして、失敗して。
そうした体験を通して、少しずつ「命の大切さ」や「生き物との向き合い方」を学んでいくのだと思います。
「虫を大切にする」と「捕まえない」は違うと思う
生き物の話になると、
「かわいそうだから捕まえない方がいい」
「自然にいるのが一番」
という意見を聞くことがあります。
実際、息子が学校や公園で虫取りをしていると、「かわいそうだから逃がしてあげて」と言われることも少なくありません。
もちろん、その考え方もとても大切だと思います。
私自身も、必要以上に虫を捕まえることには慎重でありたいと感じています。
ただ一方で、「捕まえること=悪」と単純に言い切れるものでもないように思っています。
虫を探して、観察して、育てて、逃がす。
そうした体験の中でしか得られない、「生き物との向き合い方」や「命の大切さ」への学びもあるからです。
実際、息子が、羽が濡れて飛べなくなっていたトンボを一時的に保護していた時にも、「弱っているのに虫かごに入れるなんてかわいそう」「逃がしてあげて」と複数の子に繰り返し言われたことがありました。
「どこかにとまらせてあげても落ちて踏まれてしまう状態だから、乾くまで保護しているんだよ」と説明しても、「捕まえている=かわいそう」と受け取られてしまうこともあります。
特に、普段あまり虫取りをしない子ほど、虫かごに入れること自体を「かわいそうなこと」と感じる場面が多いように思います。
でも、本当に大切なのは、「捕まえたかどうか」だけではなく、そのあとどう扱うかではないでしょうか。
また、虫好きの子どもたちを見ていると、「捕まえたら必ずその場で逃がす」というルールを徹底している子ほど、逆にレアな虫への憧れが強くなっているように感じることもあります。
子どもにとって、「持って帰ってはいけない」というルールは、ときに“余計に欲しくなる”気持ちにつながることもあるようです。
もちろん、家庭の事情や住環境によって、生き物を飼うことが難しい場合もあると思います。
だからこそ、「飼育しているかどうか」だけではなく、生き物とどう向き合っているかが大切なのかもしれません。
「飼育しないこと」と、「命を大切にすること」は、必ずしも同じではないのだと思います。
大切なのは、
- 必要以上に採らないこと
- 飼える分だけにすること
- 命として扱うこと
なのではないでしょうか。
※「虫取りはかわいそうなのか?」というテーマについては、後日、別の記事にしたいと思っています。
まとめ|虫取りを通じて知る命の大切さ
今の時代、子どもたちが“命”に直接触れる機会は、昔より減っているのかもしれません。
だからこそ、虫取りのような遊びには、ただ楽しいだけではない価値があるように感じています。
- 世話をすること
- 観察すること
- 死んだら悲しいと思うこと
- 「自分の思い通りにならない存在」だと知ること
そうした経験を積み重ねる中で、子どもは少しずつ“命ある存在”として虫を見るようになり、倫理観も育っていくのかもしれません。
虫取りは、ただ虫を集める遊びではなく、小さな命と向き合う体験でもあります。
「欲しい」「捕まえたい」という気持ちの先に“どう関わるか”まで考えられるように、これからも生き物との向き合い方を繰り返し伝えながら、親としてできるサポートをしていけたらと思っています。







